天文台
ブラック博士の本の話(8月10日付)の最後で、イギリスのジョドレルバンクの電波望遠鏡のことがチラッと出ました。そこから話を続けます。 ★ときに、ジョドレルバンクの知名度って、どれぐらいあるんでしょう?もちろんその筋の人は知っているんでしょうが、…
先に1936年の北海道日食の話題を取り上げ、その40年前、1896年にも北海道で日食があったことに触れました。1896年というと、来年でちょうど130年。日本はまだ明治の半ばで、「ゴールデンカムイ」の舞台よりも、さらに10年余り先行する時代です。西暦でいって…
年度替わりを口実にブログの更新をさぼっていましたが、更新が滞っていたのはそればかりではなく、和骨董に関心が向いていたというのも大きな理由です。というのも、ふとした出来心から七夕関連の品を探しはじめ、そこから「乞巧奠」の話題へ、さらに冷泉家…
サンフランシスコから北に60km、ノースベイ・エリアの一角に、ソノマという町があります。周辺にカリフォルニア・ワインのワイナリーが点在する温暖な町です。そのソノマの町並みとブドウ畑を見晴るかす山腹に、一軒の家が建っています。しかも建っているだ…
この写真集には、天文機器の写真とならんで、天文台の外観写真が何枚も載っています(全36枚の図版のうち10枚がそうした写真です)。たとえば、ニューヨークのダドリー天文台。まさに「星の館」にふさわしい外観で、憧れを誘います。ワーナー社はここに12イ…
19世紀最後の年、1900年にワーナー・アンド・スウェイジー社(以下、つづめて「ワーナー社」と呼びます)は、自社の天文機器をPRするための写真集を出しています。■Warner & Swasey A Few Astronomical Instruments:From the Works of Warner & Swasey. War…
ここに1枚の絵葉書があります。ガートルードという女性が、友人のミス・ウィニフレッド・グッデルに宛てたもので、1958年7月31日付けのオハイオ州内の消印が押されています。――ということは、今から76年前のものですね。「ここは絶対いつか二人で行かなくち…
パロマーといえば、昔こんな紙ものを買ったのを思い出しました。1960年の「トレジャー・チェスト」誌(Treasure Chest;1946-72刊)から採ったページですが、これ1枚だけ売っていたので、掲載号は不明。うーむ、この色と線が、いかにもアメコミですね。この…
しばらくぼーっとしていました。本を読むぞと宣言したわりに大して読めなかったし、というよりも本を読むと眠くなることに気が付きました。昔、年長の人がそう話すのを聞いて、そんなものかなあ…と思っていましたが、自分がその齢になってみると、これは一大…
今日も「ウラニア」の絵葉書の話題です。ただし、ところは変わって、舞台は1898年の世紀末ウィーン。この年、時の皇帝フランツ・ヨーゼフ1世は在位50周年を迎え、ウィーンではこの慶事を祝う大規模な博覧会が催されていました。この催しの基調は、過去半世紀…
こんなカッコいい絵葉書を見つけました。ただし、オリジナルではありません。1905年に制作された「ウラニア天文台」のポスターを、お土産用に絵葉書化したものです(原版はチューリッヒ・デザインミュージアム所蔵)。ここはチューリッヒにある公共天文台で…
1891年にバチカン天文台再興の勅命を発した、教皇レオ13世の肖像を鋳込んだ銀メダル。裏面には、その事績を記念して、天文学の女神ウラニアと、遠景にドームを頂く塔が見えます。発行年は再建と同じ1891年。メダルの周囲に刻まれた銘文は、「Rei astronom ho…
こだわるようですが、再びバチカンの話題。その名をしばしば出しているので、バチカン天文台といえばカステル・ガンドルフォ…というイメージですが、1935年に同地に移転するまで、バチカン天文台は文字通りバチカン市国(ローマ教皇庁)の敷地内にありました…
天文台の絵葉書を整理していて、以下の1枚が目に留まりました。これはいったいどこの天文台か?表にも裏にも、何のキャプションもないので、こういうのが一番難しいのですが、じっと見ているうちに、この「S. Fayet」という差出人の名前に、何となく見覚えが…
これも紙モノと言っていいのでしょうが、こんなものを見つけました。「スペコラ・ヴァティカーナ」、すなわちバチカン天文台に設けられたアマチュア無線局「HV2VO」から送られたQSLカード(交信証明書)です。バチカンにハム(アマチュア無線)マニアがいた…
(今日は2連投です。)フリッチ兄弟の父親は、詩人・ジャーナリストであり、チェコの愛国者にして革命家としても著名な人物だった…という点からして、なかなかドラマチックなのですが、二人はパリで少年時代を過ごし、プラハに帰国後、兄は動物学と古生物学…
絵葉書アルバムを見ていて、ふと目に留まった1枚。表側に何もキャプションがないので、何だかよく分からない絵葉書として放置されていましたが、改めて眺めると、なかなか雰囲気のある絵葉書です。古びたセピアの色調もいいし、全体の構図や光の当たり方、そ…
ずるずる続けているわりに、あまり話も深まらないので、パリ天文台の話題は今日でひとまず終了にします。 ★歴史を再びさかのぼって、その草創期へ。パリ天文台が創設されたのは1667年。日本では寛文7年、4代将軍家綱の時代です。フランスでは太陽王ルイ14世…
パリ天文台の絵葉書は、これまで何枚か載せた記憶がありますが、これはまだだった気がします。(1910年ごろの石版刷り)パリ天文台に長く勤め、後に天文台長となったユルバン・ルヴェリエ(Urbain Jean Joseph Le Verrier、1811-1877)の銅像です。この像に…
ちょっと箸休めです。パリ天文台にこだわって書いているものの、そもそもパリ天文台に行ったことがないのでは、我ながら話にならんなあ…と思いました。でも今の時代、パリ天文台にも立派なバーチャルツアーがあって(※)、画面をグリグリしながら建物の中を…
1874年からさらに下って1935年。暦が1回まわって、当時生まれた赤ん坊も、すでに61歳です。この年の7月10日、パリ天文台で、またも華やかなパーティーが開かれました。こちらは「イリュストラシオン」誌の1ページ。天文台から漏れる明かりに照らされて、夜の…
時はおよそ200年下って、西暦1874年。ナポレオン3世が退場し、フランスは第3共和政の時代です。日本では明治7年、西郷隆盛が前年に下野し、佐賀では不平士族が反乱を起こすという世上騒然とした時代。その頃、パリ天文台で紳士淑女を集めた、優雅な科学の催…
昨日のペレルの版画には「相方」がいます。こちらはパリ天文台を反対側(北側)から見たところ。昨日の版画とサイズは同一で、1690年に一連の作品として制作されたようです。こちらも細部に注目してみます。天文台の足元には、豪華な馬車や馬上の貴顕紳士、…
パリ天文台を主役に据えて、話を続けます。(版面サイズ19×28cm)1690年制作の銅版画なので、1667年のオープンから23年後。御年355歳になるパリ天文台の、まさに青年時代の絵姿です。パリ天文台の屋上にドームが載ったのは、19世紀半ば、正確には1847年のこ…
先日、パリ天文台のテレホンカードを載せました。あれからちょっとパリ天文台のことが気になっています。 ★今から55年前に、「パリ天文台 1667-1967:天文学の3世紀」という展覧会がありました。そのポスターが手元にあります。(大きさは49.5×36.5cm)会期…
円安時代を生き延びるために、今でも気軽に買えるものを見つけました。フランスのテレホンカードです。額面は50度数で、日本と同様、短時間ならこれで50回通話できたのでしょう。特にプレミアがつくような品ではないので、換金価値は限りなくゼロですが、そ…
先日、五島プラネタリウムの招待状のことを書きましたが、それで思い出したことがあります。 ★以前、グリニッジ天文台について書かれた古書を買いました。■E. Walter Maunder(著) The Royal Observatory Greenwich:Its History and Work. The Religious T…
フラマリオンの観測所にして居館でもあったジュヴィシー天文台は、これまで何度か古絵葉書を頼りに訪ねたことがあります。まあ、そんな回りくどいことをしなくても、グーグルマップに「カミーユ・フラマリオン天文台」と入力しさえすれば、その様子をただち…
1枚の絵葉書を買いました。謎の多い絵葉書です。そこに写った2枚の写真には、それぞれ「天文台」、「屋上観望台 望遠鏡」とキャプションがあります。一見してどこかの学校の竣工記念絵葉書と見受けられます。しかし、どこを写したものか、まったく手がかりが…
口に糊する仕事に忙殺されていましたが、ぼちぼち再開です。このところ時計と天文の関係について、いくつか話題にしましたが、最近こんな絵葉書を見つけました。時計メーカーのL. Leroy & Cie(1785年創業)が、1910年に出した記念絵葉書です。何を記念して…